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NanoScience | Blog
量子位相検出の研究:理化学研究所 山本博士へのQ&A

2017年サー・マーティン・ウッド賞は、現理化学研究所山本倫久博士が受賞しました。この賞は日英間の科学交流を促進し、日本の優れた若手研究者の功績を称えるために1998年に設立されたものです。

このブログ記事では、山本博士が受賞した電子の量子位相検出についての研究を始めるきっかけや、観測を成功に導いた波動関数の量子力学的なとらえ方について説明しています。博士の小さいころの興味やリフレッシュ方法など多方面に広い才能を発揮する博士の秘密についても説明頂きました。


「干渉計をベースにした量子ビットシステムの構築を進めています。伝搬する電子を用いると、小さなハードウェアで多数の量子ビットを制御できるという特徴があります。」


量子位相検出の研究を始めるきっかけを教えて下さい。

Dr. Michihisa Yamamoto

電子の量子位相の検出実験は、私がこの研究に取り掛かる大分前から、既に世界中で行われていました。日本でも、東大物性研の勝本信吾先生、小林研介先生(当時)などがAharonov-Bohm(AB) interferometerに関連する素晴らしい研究をされており、大学院生の時には私もそれらの研究に大いに刺激を受けました。博士課程を修了して間もない頃に、上司の樽茶先生から「量子細線でも量子情報的なことはできないの?」と聞かれたことがきっかけとなり、Aharonov-Bohm(AB) interferometerにトンネル結合した(電子が行き来できる)量子細線を組み合わせた新しい量子干渉系を着想しました。この干渉計では、伝搬する電子がどちらの細線に存在するかによって量子ビットを定義できます。

当時は、私が着想した量子干渉計があまりに自然に思えたため、何故他の研究者が同様の干渉計を用いた実験を行っていないのか不思議に思ったのを覚えています。私は大変幸運だったと思います。実際には、更に数年経ってから同実験に取り組んだことになります。世界の他のグループの位相測定の結果が全く芳しくなく、私が着想した干渉計でしか精密で正しい位相測定が実現できないだろうとようやく気づいたからです。

Aharonov-Bohm(AB) interferometer について教えて下さい。

電子が伝搬する経路によって取り囲まれる磁束に応じて電子波の干渉が変化するような電子の干渉計です。私が開発した干渉計は、磁束を2つの経路(量子細線)で挟んで取り囲むように設計されています。電子が2つの経路以外を通ったり反射して戻ってきたりしないようにしてあります。有名な二重スリットの実験と同様の2経路干渉計です。磁束の変化と共に振動する電流成分(AB振動)は、純粋な量子干渉に起因しています。

どのようにしてPhaseのコントロールと測定に成功したのでしょうか。

上記の干渉計で、電子の位相成分をAB干渉を利用して(AB振動の位相として)取り出しました。そして、位相が電圧によって制御できることを確認しました。

干渉計は設計通りに動作しますが、デバイス調整はそれなりに難しいかもしれません。特に初めは手探りだったので、確証を得るまでに時間がかかりました。しかし、一旦調整すれば位相が予想以上にきれいに測定できるので、私自身がとても感動しました。それまでに報告されていた研究とは、位相測定の精密さ、信頼性のレベルが全く違いました。ちなみに、共同研究者が海外の研究者に干渉計試料だけを送って測定させてみたところ、そこの大学院生が誰一人としてうまく調整できなくて共同研究が頓挫してしまったとのことなので、最初はややハードルがあるかもしれません。電子の波動関数の量子力学的な広がりをイメージしないと調整できないのですが、考え方を理解すれば、大学院生レベルであればできるようになります。

位相測定の精度はかなり高く、半導体中の電子の1ナノメートル以下の経路長の変化を捉えられるという精度を持っています。

この干渉計はどのような応用方法がありますか?

量子力学の最も基本的な物理量である波動関数の位相を直接見られるということ自体が、単純に興味深いことだと思います。固体中を伝搬する電子の位相変化の観察は、これを試みた多数の研究者がワクワクして取り組んだことは容易に想像できますが、それまで(成功したと誤って主張した人も含めて)成功していませんでした。位相の観察によって、量子力学的な電子の散乱に関する多くの基礎的な知見を得ることができました。また、伝搬する電子で量子ビットを定義できるため、量子情報処理への応用も考えられています。

今取り組んでいる研究の課題とはどのようなものでしょうか。

上記の干渉計をベースにした量子ビットシステムの構築を進めています。伝搬する電子を用いると、小さなハードウェアで多数の量子ビットを制御できるという特徴があります。また、電子波の制御を利用した離れた電子スピンの結合などに関しても、基礎的な物理の解明に取り組んでいます。

研究の喜びを感じる瞬間はどんな時ですか?

実験家なので、自分が見たかったものが見えた時、しかもそれが世界で初めての時です。見えそうだと思った時点からワクワクしています。逆に、予想外の結果が出た場合も、新たな知見に繋がるため、大変楽しいと感じます。新しい実験を妄想している時も幸せです。意外に思われるかもしれませんが、他の人が素晴らしい研究を行った時にも少し悔しい反面、感激してしまうことがあり、世界中の素晴らしい研究者と個人的に交流できることも研究者としての喜びです。

小学校の頃はどんなことに興味がありましたか?

小学生の頃は、体を動かすこと、ピアノを弾くことばかりに熱中していて、自宅では宿題以外の勉強をほとんどしませんでした。科学的なことと言えば虫取りくらいでした。ただ、当時から多少の妄想癖があり、「惑星が太陽の周りを回っている、場所によって時間の進み方が違う」などと本で読んだ時に、実は目の前の目に見えない小さな埃の中にも小さな宇宙があって(無数の目に見えない小さな星が互いの周りを回っていて)、その中では小人たちが我々と同様に人生を歩んでいるが、その一生は我々から見ると一瞬なのではないか、とか、逆に実は私たちの世界の外側にも、時間の進み方が遅くてもっと大きな世界があり、我々の世界はある時突然壊されるのではないか、などと子供ながらに変なことを空想していたことがあります。目に見えない小さな世界について知りたいと思っていました。

気持ちをリフレッシュする方法を教えて下さい。

以前はピアノを弾くことでしたが、子供ができてからはあまり弾かなくなってしまいました。以前は一人で音楽などと向き合うことを好んでいましたが、歳を取ってからは、むしろ誰かと喋ることによってもリフレッシュできると思えるようになってきました。

Author - SEO Koichi