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量子スケールアップの実現 – 希釈冷凍機Proteoxが4 Kプレートにおいて高い冷却能力を持つ理由

希釈冷凍機では、超伝導またはスピン量子ビットを用いた固体量子コンピューターの量子ビット数拡大が進む中、量子プロセッサが動作するミリケルビンプレートにおける冷却能力だけでなく、特に4Kプレートにおける冷却能力は、大量の配線とそれをサポートする低温デバイスからの熱負荷を遮断するために、重要視されています。

優れた設計の希釈冷凍機ProteoxLXは、複数のプレートにまたがって冷却性能を最適化するため、ミリケルビンのプレートのみならず4Kプレートでも高い冷却能力を得るよう設計されています。量子コンピューターのビット数拡大の基盤として4Kプレートにおける測定によって実証しています。

このブログでは、弊社の測定・応用技術マネージャーのTony Matthews博士とシニア・テクニカル・セールス・エンジニアのGustav Teleberg博士が、量子アプリケーションのためのこれらの高い冷却能力について解説しています。


なぜ4Kプレートの冷却能力が重要なのでしょうか?

まず、システムの基本的な動作は、各温度プレートで、そのプレートの冷却能力とそのプレートにかかる熱負荷がバランスすることです。

無冷媒の希釈冷凍機を動作させるためには、熱負荷に対してパルス管冷凍機(PTR)の約40Kの 「PT1プレート」と公称4Kの 「PT2プレート 」の2つの冷却プレートで十分に低い温度までシステム全体を冷却する必要があります。PTRによる冷却は、4Kプレートの下に位置する希釈冷凍機を冷却し、最終的には<10 mKプレートつまり混合器プレートに至る、各温度プレートを冷却することで、これらのプレートの冷却能力の基盤となります。

次にそして最も重要なこととして、実際のアプリケーションでは、研究用システムの低温側のセットアップにより熱負荷が発生します。殊に量子コンピューターではフルスタックの入力/出力/制御配線、さらに発熱するアンプなどの低温エレクトロニクスの設置により、高い熱負荷が発生し、量子ビットの数が増えれば増えるほど、配線や低温エレクトロニクスの数が増え、これらによる最大熱負荷が最大量子ビット数を制限してしまいます。

量子コンピューターのアプリケーションでは、この問いはKrinner et al.らの初期の研究[1]で取り上げられ、より多くの量子ビットを設置するために極低温システムの最適化に焦点が当てられました。この研究では、希釈冷凍機のスティルプレートとミキシングチャンバープレートの間にあるコールドプレートは、ミキシングチャンバーからスティルに流れる3Heによって冷却されますが、このコールドプレートがボトルネックであることを発見しました。その後、弊社はこのプレートの冷却能力を向上させる新しいソリューションを開発し、商業用希釈冷凍機に導入し、このボトルネックは解消されました[2]。

著者

トニーのポートレート写真(サイズ調整済み)

Tony Matthews博士

Oxford Instruments  測定およびアプリケーション技術マネージャー

Dr. Gustav

Gustav Teleberg博士

Oxford Instruments  シニアテクニカルセールスエンジニア


ProteoxLX(2次インサートx2)

二次インサート付き Proteox

では、なぜ今4Kプレートが話題になっているのですか?

最近、Raicu et al. [3]らは、4Kプレートを限界プレートとして取り上げました。4Kプレートで利用可能な冷却能力は、2つの主要因によって定められます。第一に、PTRの冷却能力。 第二に、希釈冷凍機システムとPTRをどの程度強く結合させるかにありますが、これは相反する要件となりえます。最高の冷却能力を得るためには、堅固な熱的結合が望まれますが、それは同時に堅固な機械的結合を意味し、PTRの機械的ノイズの影響を受けることとなり望ましくありません。

最後に極めて重要なのは、PT2の温度は希釈冷凍機の凝縮段階で敏感に影響を及ぼします。そしてこれは往々にして希釈冷凍機の循環システムの設計によって決まります。


では、4 Kプレートの冷却能力を向上させるために、さらなる改良が必要なのでしょうか?これはProteoxにとって何を意味するのでしょうか?

4Kプレートでより高い冷却能力を達成したいという願いから、このプレートで利用可能な冷却能力を高めることを目的とした「強化」バージョンのシステムを提供するメーカーもあります。しかし、それらと標準のProteoxLXを比較する価値があります。

以下のグラフは2.5Wの冷却能力を持つパルス管冷凍機を2台搭載したProteoxLX の4Kプレートの温度が配線などによる熱負荷によってどのように変化するか調査した結果です。横軸は4Kプレートに設置したヒーターの熱負荷であり、縦軸は温度です。テスト中ProteoxLXは希釈冷凍機を運転し、ミキシングチャンバープレートで20 mKにおいて25 μW以上の冷却電力を供給し続けました。

このデータから明らかなように、標準のProteoxLXは希釈冷凍機の運転に影響を与えることなく、装置本体の熱負荷に加えて余剰分として4W以上の熱負荷を加えることができ、これに相当する余剰冷却能力を持っていることが分かりました。これはほかの装置と比較して2倍以上の熱負荷を搭載が可能という事になります。

ProteoxLX PT2 (4 K) プレートの温度測定

では、この4Kの冷却能力を得るために、Proteoxに何か特別なことをする必要があるのでしょうか?

この性能は、今年最初の 2 件の設置を発表した当社最大の商業規模ProteoxQXプラットフォームを含むすべてのモデルで、中核となるProteoxの設計に含まれています。 この冷却能力をさらに向上させるための追加コストや複雑さは必要ありません。 パルス管冷凍機のシステムへの統合はProteoxのすべてのバリエーションで同じ方法で行われるため、すべての装置がクラス最高の冷却能力とクラス最高の低ノイズの恩恵を同時に受けることができます。パルス管冷凍機の冷却能力が高いものはそれに伴い価格も高価になり消費電力も大きくなります。Proteoxを選択する事で同クラスの他のプラットフォームより大きな冷却能力を得ること、あるいは冷却能力の小さいパルス管冷凍機を選択する事も可能になります。



このProteoxシステムの性能は、量子コンピューティングのスケールアップにどのような影響を与えるの でしょうか?

Proteoxの高い4Kの冷却能力により、量子コンピューターのスケールアップが容易になります。他のシステムと比べて、信号線の数をさらに増やすことができます。また、高効率な熱設計は、ある量子ビット数の量子コンピューターに必要なパルス管冷凍機の数が少なくて済み(あるいはパルス管冷凍機の冷却能力が小さくて済み)、システム全体の消費電力を最小限に抑えることができます。パルス管冷凍機は運転コストが高く、また振動の大きな原因となるため、Proteoxプラットフォームは、量子ビット数が増加するにつれて、より費用対効果が高くなり、より優れたノイズ性能を提供します。

Proteoxシリーズの希釈冷凍機は、コンパクトなProteoxSによる物性特性評価やデバイス開発から、サイドローディング式の交換可能な二次インサートを活用し、制御配線スキームのプラットフォーム間転送を可能にするProteoxMX、ProteoxLX、ProteoxQXなどのスケーラブルな量子コンピューティングプラットフォームまで、量子エコシステム全体にソリューションを提供します。

詳細を知りたい方は?

希釈冷凍機Proteoxファミリーの詳細についてはお問い合わせください。

参考文献:

[1] Krinner, S., Storz, S., Kurpiers, P., Magnard, P., Heinsoo, J., Keller, R., Lütolf, J., Eichler, C. and Wallraff, A. (2019).

Engineering cryogenic setups for 100-qubit scale superconducting circuit systems EPJ Quantum Technology, 6(1). doi:https://doi.org/10.1140/epjqt/s40507-019-0072-0

[2] Poole, T., Marsh, T. and Matthews, A.J. (2022).

Optimal cooling configurations for quantum information processing at milli-kelvin temperatures Cryogenics, 126, p.103538. doi:https://doi.org/10.1016/j.cryogenics.2022.103538

[3] Raicu, N., Hogan, T., Wu, X., Vahidpour, M., Snow, D., Hollister, M. and Field, M. (2025).

Cryogenic Thermal Modeling of Microwave High Density Signaling. doi:https://doi.org/10.48550/arXiv.2502.01945


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