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NanoScience | Blog
銅酸化物高温超伝導体の疑ギャップ状態 - Q&A

2020年サー・マーティン・ウッド賞は、東京大学物性研究所の近藤猛博士が受賞しました。この賞は日英間の科学交流を促進し、日本の優れた若手研究者の功績を称えるために1998年に設立されたものです。

このブログ記事では、近藤博士が受賞した高温超伝導体の研究について、銅酸化物高温超伝導体の物理的特性や、実験技術である角度分解光電子分光法(ARPES)を使って物質の電子構造を観測する方法について説明しています。


「銅酸化物を研究する基礎物理学者の目標は、誰もが認める高温超伝導のメカニズムを解明することですが、それがすべてではありません。これらの化合物には豊かな物理的特性があり、30年以上前に発見されて以来、研究者を魅了し続けているのです。」

高い臨界温度を持つ超電導体の現実的な応用例には、どんなものがありますか?

抵抗値がゼロであることを特徴とする超電導体は、数多くの技術的用途があり、今や私たちの日常生活の中で目にすることができるようになりました。人命救助や医療分野でのMRI(磁気共鳴画像装置)などに使われる重要な材料です。ユーティリティー分野では、風力発電機の性能を向上させるための実験が行われており、さらに大規模なものでは、将来的にエネルギーロスのない送電線を使って世界中に電気を送るためのインフラを構築するための実験も行われています。また、交通分野では、2027年に日本で完成予定の「超電導磁気浮上式鉄道(Maglev)」の建設が進められています。これは、超伝導体の力を利用して列車を線路から浮かせ、摩擦を最小限に抑えながら走る、世界最速の新幹線です。

銅酸化物高温超伝導体の物理的特性はどんな特徴がありますか?

従来の超電導体は、絶対零度に近い極低温に冷却する必要がありました。臨界温度の高い銅酸化物超電導体(高温超電導体)は、液体窒素の温度よりも高い100K以上の温度でも超電導状態を実現できます。昨年、水素、硫黄、炭素を含む単純な化合物で室温超伝導が実現したことが報告されましたが、それは地球のコアで得られるような非常に高い圧力下でのみ達成されるものでした。そのため、実用化に必要な常圧でのTcの最高記録は、現在も銅酸化物が保持してます。

銅酸化物を研究する基礎物理学者の目的は、誰もが認める高温超伝導のメカニズムを解明することですが、それがすべてではありません。銅酸化物は、30年以上前に発見されて以来、研究者を魅了してやまない豊かな物理的特性をもった化合物です。銅酸化物の高温超伝導は、モット絶縁体(電子間のクーロン斥力により電子が局在化して伝導が停止する極限状態の絶縁体)にキャリアをドープすることで生じます。この電子相関効果が、銅酸化物の複雑で魅力的な特性を生み出す主な要因と考えられています。 

物質の電子構造を観察し、擬ギャップを明らかにするにはARPESをどのように用いたのでしょうか。

ARPESは、アルバート・アインシュタインが確立した光電効果を利用しています。つまり、固体に光を照射すると、電子は光子のエネルギーを吸収し、光電子として固体から励起されます。この光電子は、固体が持つエネルギーと運動量を保存しています。そのため、ARPESで測定された光電子の運動エネルギーと角度は、固体中のエネルギーと運動量に直接変換することができ、これら2つのパラメータの関数として示される電子構造を決定することができます。銅酸化物の擬ギャップは、ARPES測定で特定の角度に対応する反ノード領域と呼ばれる運動量空間で発生します。このスペクトルはエネルギーギャップを示し、Tcよりも高い温度で開き始めるのが特徴です。また、超伝導ギャップのあるスペクトルとは異なり、非常にブロードなスペクトルであることから、電子は強い相関効果によって非常に短い寿命を持っていることがわかります。私の研究では、擬ギャップ状態と超伝導状態が反ノード領域で競合していることを明らかにしました。

強相関モット絶縁体にドーピングすることで出現するエキゾチックな状態について、詳しく説明してください。

モット絶縁体は、キャリアが各イオンサイトに局在する特殊な絶縁体です。この電子系は、電子が同じサイトに集まると強い相関効果により不安定になるため、金属性を失った局在状態が自然に発生します。ここにキャリアをドープすると、キャリアがイオンの他のサイトに容易にホップできるようになるため、システムは金属性を持つようになります。高濃度にドープされた場合、キャリアは互いに遮蔽し合い、あたかも自由電子のように振る舞うことができます。一方、ドープが不十分な領域では、相関効果と金属性がともに重要になり、状況はより複雑になります。局在も遍歴も成立しないこのような電子系では、擬ギャップや小さなフェルミポケットが出現します。

他に追加する内容はありますか?

超電導は、今でも物理学で最も興味をそそられる現象の一つです。サンプルの抵抗率が冷却によって突然ゼロになるのを目の当たりにすると、誰もが興奮するでしょう。同様に、試料を転移温度以下に冷却すると、超伝導ギャップが開くのに伴い、ARPESスペクトルのコヒーレントでシャープなピークが急速に成長するのを見るのも非常に興味深い事です。一方で、電子の局在化と遍歴化の間に現れる擬ギャップ状態は、まだまだ神秘的で魅力的です。これらの魅力に満ちた銅酸化物高温超伝導体の研究を通して、固体物理学の面白さと奥深さを味わうことができます。

Dr. Takeshi Kondo